TOP > グレート・ピレニーズの歴史

アメリカと日本では”グレート・ピレニーズ”フランスやイギリスでは”ピレニアン・マウンテン・ドッグ”と呼ばれています。
数千年前にチベット高原に生息したマスティフ系が子孫だと言われています。
紀元前1800年ごろから遊牧民やアジア人の侵略に伴いヨーロッパに到着したと言われています。
バスク地方と呼ばれているピレネー山脈の環境がグレート・ピレニーズに合いその地で羊などの家畜を襲う熊やオオカミをなぎ倒していた事から、牧羊犬としてだけではなく熊狩猟やオオカミ狩猟などでも活躍していました。
野生の熊やオオカミは敵にトドメを刺す為に喉元を攻撃します。
グレート・ピレニーズの首に釘付きの首輪を着けて熊やオオカミからの攻撃から首を守るようにしていたと言われています。

1675年頃のフランスではルイ14世が宮廷犬として愛玩していた事でその当時の流行犬となり、かの有名な悲劇の王妃マリー・アントワネットも護衛犬としていた事も記録されています。
その後19世紀頃まで”フランス王室の公式犬として用いられました。
ピレネーの山岳地域で熊やオオカミが減少するに伴ない、グレート・ピレニーズの数も減少してしまい、また海外での人気が高まった事により流出が盛んになり絶滅の危機にさらされる事もありました。
一部の山岳地帯に質の良い血統を受け継いだグレート・ピレニーズが残っていた為、愛犬家たちの助けを借りて絶滅の危機を乗り越え、現在では家庭犬としても多くの人に愛されています。
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